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漬物

つけもの(日本食)


[漬物]
日本人の食習慣では、漬物は一般的に料理の締めくくりとして出される「口直し」である。野菜・果実・肉・魚などを塩・糠・酒粕・味噌・醤油・酢・香辛料などで漬けて加工した食品を指すので、いくら等の水産物も漬物の一種といえるようだ。漬物は古代の人々が食材を保存する目的で考え出した技術で、なかでも代表的な保存方法が塩漬けである。塩漬けは海水でも漬けることができるので、かなり古い年代から存在したと考えられており、当初は豆・麦・野菜・海草などを利用したものから始まり、後に魚や鳥獣肉に利用が広まると、時には発酵させて漬け込むなど複合調理もみられるようになった。今日では、食塩・酢・糠・味噌・醤油・酒粕・油脂など、漬け込む液材(調味料)も豊富になり、単に保存性を高めて賞味期限を延ばすだけでなく、風味を重んじた食材と位置付けられるようになった。国内外で代表的な日本食の一つとして知られる寿司も、漬物が盛んになったのと同じ頃に魚を塩漬けにした発酵食品として人々の生活に浸透していったものである。また、漬物を「香の物」や「お新香」とも呼ぶが、これは発酵によって強い香りを発することからきた呼び名であり、東北地方の「がっこ」も「雅香」がなまったものだという。しかし一方では、浅漬け・千枚漬け・松前漬けなど発酵を伴わないものも数多くあることも漬物の特徴の一つである。
[漬物の歴史]記録によると、今から2000年も昔の大和時代に、すでに塩漬けによる食品の保存が行なわれていた事が分かっており、奈良時代の天平年間(729~749年)の木簡に「瓜の塩漬け」についての記述があることから、漬物は日本で野菜が栽培され始めた時期とほぼ同じころから存在したのではないかと思われている。平安時代に納豆や豆腐などの発酵食品の原型が出現すると、漬物にも酒粕・味噌・醤油を使ったものが作られ始め、鎌倉時代には精進料理に添える酢漬けや甘漬けが誕生した。江戸期に入ると、米糠と塩の混合漬床を用いる「糠味噌漬け」がみられるようになり、漬物が多様化し、市販品も誕生した。「漬物塩嘉言」という題の本も出版されていて、様々な漬け方が書かれており、一般家庭に広く普及する後押しとなったかもしれない。「たくあん」もこのころに生まれたもので、食文化とし今日に伝えられている漬物の型がこの時期に整ったものと考えられている。例えば高濃度の塩を用いて塩蔵野菜を作り、食べる前に脱塩する「古漬」という技法は江戸末期に完成したと考えられ、世界各地に塩漬けは見られても、脱塩の発想は日本独自のものとなっている。現在の漬物と比較すると、漬物自体は古文書から大きな変化はないようだが、昭和中期以降、漬物工業が発展し、製造や流通において大きな転換があったため、高塩塩蔵から低塩浅漬けへと移り変わっていった。

以下、漬け方によって分類し、それぞれの特徴をまとめてみた。
[塩漬け]古くから伝えられてきた技法で、肉や魚、野菜など腐敗しやすい物を長期保存のため、又は味をつけるために濃い食塩に漬け込む方法である。野菜類では地方の特産品となっているものも多くあり、日干しにした梅の果実を塩漬けにした梅干は平安中期から登場し、赤紫蘇の葉で茄子を塩漬けにした京都の伝統的な漬物である紫葉漬(柴漬けのこと)、長野県の信越地方で栽培される野沢を漬けた野沢菜漬けなどがよく知られている。ほかに桜の花の塩漬けや、魚介類では塩辛や新潟村上地域の塩引鮭、肉の場合にはハム・ベーコン・ソーセージなどがある。海外においては、オリーブの塩漬けなども歴史が古い。
[醤油漬け]醤油には適度な塩分やアルコール、有機酸などが含まれているため、大腸菌などの増殖を止めたり、死滅させる効果があることを利用して漬物にしたもの。塩でよく漬け込んだ野菜類を、醤油・砂糖・酢などを加えた調味液に漬け込む。福神漬や松前漬などが代表的なものだが、割干漬け(大根)、魚介類では「いくら」などもこの範疇に入る。
[味噌漬け]古く平安時代から利用されてきた漬物であり、塩で下漬けした野菜をその地方で作られた味噌に漬け込むもので、数年にわたって長期間漬け込むほど色も香りも独特の風味を生み出し、うまみも増すという。魚や肉のほか、果物、葉もの以外のほとんどの野菜を利用することができる。西京味噌で漬けた魚類は西京漬けとして特に有名である。
[酢漬け]長期保存ができてヘルシーな食品の代表である。塩で下漬けしたものに砂糖や醤油、香辛料などで味付けした酢に漬けるもの。ラッキョウ漬、紅しょうが、はりはり漬、せんまい漬(千枚漬)などがよく知られている。また、魚類の酢漬、洋風漬物ではサワーピクルス、スィートピクルス、ザワークラウト(キャベツ)などがある。
[麹漬け]粕漬けと同じく甘味のある漬物。蕪・大根・茄子・瓜・鯛・鮎などがよく使われ、下漬けしたものを米麹の漬け床に漬け込む。寒地でよく漬けられる漬物だが甘味が強く、薄塩のため、貯蔵性はあまり良くなく長期保存には向かない。三五八(さごはち)漬、べったら漬、金沢のかぶら寿司などがある。三五八漬の名は、塩・麹・もち米を3:5:8の割合で漬床を作るところから付けられている。
[粕漬け]奈良漬やわさび漬などが代表的な漬物で、キュウリ・瓜・ウド・人参・大根・蕪などの野菜類を初め、山菜、魚介、肉類も利用される。酒粕やみりん粕を漬け床にして漬け込んだ甘味が特徴的で、瓜の粕漬を特に奈良漬と呼ぶ。ほかに守口漬や薩摩漬、山海漬など各々の地域の特産品を利用した名物となっている。
[からし漬け]酒麹にからしを混ぜた漬け床に、塩漬けにした茄子・蕪・大根などを漬け込んだもの。刺激のある辛味が特徴で、代表的なものに山形の特産品・民田茄子(普通の茄子と比べて小さめ)のからし漬などがある。からし漬けは麹がベースとなることから麹漬の一種に含まれる。
[日本でみられる外国産漬物]もともとは外国の食文化の一つでありながら、漬物好きの我が国でも受け入れられて今や我が国古来の漬物と同等程度に親しまれてきたものに「キムチ」や「ピクルス」がある。キムチは、薬念(ヤンニョム)と呼ばれる薬味に白菜などの野菜を漬け込んだ朝鮮半島を代表する漬物である。昭和期の終わり頃までは、その辛さが日本人の味覚に合わなかったことから「朝鮮漬け」として知られている程度であったが、1980年代後半に激辛ブームが起きたことから一気に我が国の食文化に浸透した。また、発酵食品であるために乳酸菌と豊富なビタミン類による健康への効果が期待でき、さらに、唐辛子のカプサイシンによるダイエット効果、ほかの塩漬け食品に比べて低塩分であるなど比較的ヘルシーな食品であると見なされて、一気に受け入れられていったのではないかと思われるが、いまや完全に市民権を得て、一般家庭の食卓にも普通に見られるようになった。また、ピクルス(pickles)の直訳は(西洋風の)漬物という意味で、塩漬けにしたキュウリなどの野菜を酢や砂糖、香辛料などの液に漬け込んだもので、乳酸菌により発酵させる。アメリカでは、ピクルスといえばキュウリのピクルスを指し、ハンバーカーなどでよく使われているが、ホットドッグのトッピングとして使われるものは砂糖液に漬け込んだレリッシュピクルスである。他方イギリスでは、主としてタマネギをピクルスにするが、ほかにも鶏卵のピクルスなどもある。

総論
日本の漬物は600種類余りあると言われ、漬ける食材を選ばず、また漬け床の種類が非常に豊富である。しかし日本人の食習慣も半世紀あまりの間にずいぶん変化し、各家庭に伝わるオリジナルの漬け床の伝承も少なくなってしまったようだ。日本が長寿国であるのも発酵食品である漬物を多く消費していることと関係があるとも言われているのに、栄養価云々より西洋化した食卓事情から漬物が毎度の食事の一品として食卓に載らなくなった家庭も多いのではないだろうか。近年のヘルシー志向の中で「減塩」「低カロリー」などをうたった既成食品は増えた気がするのだが、元々ヘルシーな食品である漬物をもっと顧ても良いのではと思う。保存食品というより、サラダの一種とでも位置付けて売り出したらどうだろう。高気密住宅が増えた昨今の住宅事情では、漬け床は匂いがあるので家の中に置けないかもしれないのだが…。