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鹿ヶ谷の陰謀

ししがたにのいんぼう


[鹿ヶ谷の陰謀]
1177年、後白河院近臣らが京都東山鹿ヶ谷の僧俊寛の山荘で計画した平氏討伐謀議事件。貴族層が急速に台頭してきた平家一門に対して反発し、謀議が行われた。多田行綱の密告により発覚し、藤原師光(西光)は備前に流罪後処刑、僧俊寛らは鬼界が島に流されたのをはじめ関係者は厳しく処罰された。