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穂国造 ( 三河 )

ほのくにのみやつこ【国造】


[穂国造 ( 三河 )]
穂国造は穂国(三河国7郡のうち宝飫・八名・渥美の3郡の辺り、現・東三河)を支配したと言われるが、穂国造の存在自体も「国造本紀」以外に見られず確証がないという。雄略天皇(21代)の時代に葛城襲津彦(かつらぎのそつひこ)の4世孫・菟上足尼(うなかみのすくね)を穂国造に任じたことに始まるとされる。古事記に三河国と遠江国の間に穂国が存在したという記述から場所が推測されている以外史実も少なく、景行天皇(12代)の時代に穂国造が穂国へ入ったという説から国造の交替があったとする説もある。