修正依頼



吉田城(秋田県)

よしだじょう【城】


[吉田城(秋田県)]
戦国時代平鹿・雄勝地方を支配した小野寺景道が築城したと伝えられ、その後、小野寺陳道が継承したが、慶長6年(1601)ごろ小野寺氏の改易とともに廃城になった。ほぼ方形で周囲に土塁と水掘がめぐらされており、指定面積14577平方メートル。土塁は東西120メートル、南北100メートル、基底約6メートル、上幅約3メートル、高さ約2メートルで、その外周を幅約6~10メートルの水掘が囲んでいる。城跡に南接して西法寺があり、北方約500メートルに馬場跡及び馬水飲場・馬洗場と称される場所がある。東方にも鍛冶屋敷の呼称が残っている。