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水俣城(熊本県)

みなまたじょう【城】


[水俣城(熊本県)]
南北朝期の築城といわれているが定かではない。寛正6年には人吉城の相良氏が城主であったが、天正9年に島津義久に攻められると水俣を島津氏に譲った。天正15年の秀吉による九州進攻後は、宇土城の小西領、熊本城の加藤領と変ったが、慶長17年に幕命により廃城となった。