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船岡山城(京都府)

ふなおかやまじょう【城】


[船岡山城(京都府)]
応仁の乱に際して、西軍の拠点として山名宗全によって築かれた。しかし翌応仁2年(1468)、東軍の浦上則宗の手勢により襲撃され、守将の小鴨安芸守が討ち死にして落城。その後は東西両軍とも利用はせず、廃城の一途を辿ったと伝えられる。