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亥鼻城(千葉城)

いのはなじょう【城】


[亥鼻城(千葉城)]
本丸が台地の亥の方向に突き出ているところからつけられた城名で、別称は千葉城。館形式の中世式城郭で、丘陵の突き出した部分を数か筋の堀切で区画し、各曲輪に土塁をめぐらしていた。大治元年(1126)、千葉介常重が大椎城からこの地に移転して築城した。康正元年(1455)千葉氏一族の内乱により落城し、その後廃城となった。