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伊達政宗

だてまさむね


[伊達政宗]
1567~1636
戦国時代(室町時代)の武将で、奥州(陸奥)仙台藩の初代藩主。幼名を梵天丸といい、幼少時に患った疱瘡(天然痘)の後遺症によって右目を失明し、また勇猛で知られたため、後に独眼竜との異名がつきました。19歳で家督を相続して伊達家17代の当主となりました。父の死後、郡山合戦や摺上原合戦に勝利して会津まで勢力を拡張し、その後も最上義光との確執や家督争いなど幾多の障害を乗り越えてついには奥州全土に領土を拡大しました。豊臣秀吉の支配下となった政宗は、会津や岩瀬、安積を没収されましたが、秀吉死後は徳川家康に接近し、関が原の戦いでは家康の東軍に属して功名を立て、外様大名の筆頭になりました。家臣の支倉常長らの慶長遣欧使節団をメキシコからイスパニア、ローマにまで派遣して独自に海外貿易を試みました。江戸三代徳川家光のころまで仕え、70歳で病死しました。